世界史を、もう少し考える

高校教員が、世界史や社会学についてあれこれと書きます。(専門は社会学です)(記事の内容は個人によるものであり、所属する団体等とは一切関係はありません。)

生成AIを「遠ざける」から「使いこなす」へ――高校におけるNotebookLM活用の試み

1. はじめに:AIの使い方を教えたいよね

 昨今の生成AIの急速な普及は、教育現場に大きな波紋を広げている。とりわけ、論述試験やレポート課題を課す社会科教育において、AIの存在を「脅威」と捉える向きは少なくない。多くの学校現場では、いかにしてAIによる「代筆」を防ぐか、いかにして使用を制限するかという議論が先行しているように見受けられる。

 しかし、私は基本的に逆の立場をとりたいと思っている。AIを禁止したところで、生徒たちが社会に出た時に直面する現実は変わらない。むしろ、教育の役割とは、新たなテクノロジーを批判的に吟味し、自らの知を深化させるための「道具」として手懐ける方法を教えることにあるのではないだろうか。

 今回の定期テストに際し、私は生徒たちにGoogleのAIノートブック「NotebookLM」の使用法を教え、実際に学習に取り入れるよう促した。その実践の記録と、そこから見えてきた可能性などについて記しておきたい。



2. なぜ「NotebookLM」なのか

 数ある生成AIの中で、なぜNotebookLMを選んだのか。理由は明白で、それはこのツールが「ソースに基づいた回答」に特化しているからだ。

 従来のChatGPT等では、しばしば「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」が課題となるが、NotebookLMはユーザーがアップロードした資料のみを情報源として回答を構成する。私が授業で配布したプリントや補足資料をPDF化して読み込ませることで、学習範囲を逸脱しない、極めて精度の高い学習支援が可能となるのである。



3. NotebookLMで何ができるのか

 NotebooKLMはGoogleアカウントさえあれば誰でもアクセスできるAIツールである。現在、多くの学校では生徒にGoogleアカウントを作成させているため、生徒も容易に利用することができる。では、このAIツールで何ができるのか、簡単に説明してみよう。


 ① 複数のソースを取り込み、その概要を提示し、チャットでのやり取りを可能にする。

ソース資料の概要を提示し、チャットでの質問を受け付ける
質問への回答はこちらが与えたソースから生成され、ソースのどこを参照したかが細かく明示される。


 ② 解説音声・解説動画・スライド・テストなどの作成

与えたソースをもとに様々な学習用教材を生成できる
スライドや解説動画は非常にわかりやすい。ただしAIらしく、漢字が怪しい
資料の内容を理解させるために様々な工夫をしてくれる



4. 実践の内容:定期テスト対策としての活用

 では、これらの使用を生徒にどう促したのか。具体的には以下の手順を生徒たちに提示した。

-  (a) 資料の共有: 授業プリントのPDFデータをNotebookLMにアップロードする。

  • (b) 解説音声・解説動画の作成:理解が追い付かなかった内容や、自分が欠席していた授業について、解説音声・動画を作成するように指示する。
  • (c) 対話による理解: 「この国がこの行動をとった背景を整理して」といった問いかけを生徒自身に行わせる。
  • (d) セルフクイズの作成: 読み込ませた資料からAIに模擬問題を作成させ、解かせる。



5. 「丸暗記」からの解放?

 さて、AIツールの使用に対しては、しばしば「自分で考える力を失ってしまうのでは?」という批判が投げかけられる。これは大変もっともな批判だと思うが、やや教育現場の実態を無視しているようにも思える。

 歴史を教えているとしばしば痛感するのだが、多くの学習者はほとんどの場合、「自分で考えて勉強する」ことなどない。基本的には、めんどくさいテストを乗り越えるための丸暗記に終始する。偉そうに言っているが、高校生のときの自分もそんな感じだったと思う。プリントの内容を理解しようにも高度すぎ、質問をしようにも教師が捕まらない。だから、理解の質が深まらないまま (別に深めようともしないまま) とにかく勉強し続けていた。

 しかし、NotebookLMを利用すれば、授業中に聞き漏らした内容も再度学習可能となり、わからないところは繰り返し質問することができる。模擬問題も作成してテストに備えることができ、間違えた問題には納得のいくまで解説をしてもらえる。効率的に、かつ理解を重視した学習を行うことができるのである。「用語を暗記する」ための勉強から、「事象を理解する」ための勉強へと移行させてくれるといっても良い。

 実際にこのレベルに達するまでにはまだ検討すべき点は多いが、「AIがまとめてくれるから覚えなくていい」のではなく、「AIと一緒に整理することで、より深い構造理解に時間を割けるようになる」可能性がここにはあるように思える。


6. どのようなテストをするべきか

 とはいえ、生徒の知識を問うテストが一問一答のようなものだと、結局生徒は用語暗記に終始するだろう。では、どのような問題が良いのか。

 ここで、改めてAI時代に求められるスキルについて考えよう。すでに述べたとおり、NotebookLMは与えたソースのみから情報を生成するため、ハルシネーションが少ないといわれる。しかし、それでもそれなりの確率で間違える (実感としては3%くらいの割合で間違えた情報を出してくる)。だから、生徒に使用させる場合にも、常にAIの提示する情報が正しいか、疑いながら学習をするよう強く促している。

 逆に言えば、AIの出した情報の正誤を判断できるかどうかが、こうしたツールを使用するための大きなポイントとなる。そして、情報の正誤を判断するためには、用語暗記を越えた深い理解が必要となろう。これを踏まえたうえで、実際の定期考査では次のような問題を多く出題した。


- 問題:市場メカニズムと需要・供給に関する記述として、資料の内容に照らして最も適切なものを1つ選べ。

  • 1. 経済学における「モデル」とは現実そのものを忠実に再現したものであり、アダム・スミスが提唱した「神の見えざる手」を理解すれば、政府の介入や情報の偏りがある現実の市場(不完全自由市場)においても、価格の動きを完全に読み解くことができる。
  • 2. 農作物の不作などによって売り手の「売りたくない(売れない)」という気持ちが強まり、供給曲線が左にシフトした場合、市場における「適正な価格」は上昇し、取引される「適正な量」も増加する。
  • 3. 18世紀の学者アダム・スミスは、買い手の「需要」と売り手の「供給」が必ず適正な価格で一致する自律的な調整機能を「神の見えざる手」と呼び、当時盛んだった重商主義に基づく保護貿易を支持する理論的根拠とした。
  • 4. 完全自由市場においては、個々の参加者が自らの利益を追求して自由な取引を行うことで、需要曲線と供給曲線が交差する「適正な価格」と「適正な量」へ自然に調整される仕組みが存在する。
  • 5. 市場とはスーパーマーケットや証券取引所のように物理的な場所が存在する空間のみを指し、インターネット上で行われるような「見えない市場」における取引は、需要と供給のモデルには含まれない。



7. おわりに――教師の役割の変化

 AIを教育現場から排除することは、もはや不可能に近い。であれば、我々教師に求められるのは、AIを禁止する番人としての役割ではなく、AIが導き出した答えを批判的に検討し、より高度な問いを立てるための「ナビゲーター」としての役割ではないだろうか。

 NotebookLMというツールは、社会科教育における「知識の詰め込み」を終わらせ、本質的な「歴史的思考」へと生徒を誘うための強力な武器になり得る。今回の実践はまだ端緒に過ぎないが、テクノロジーと教育の幸福な共存の形を模索していきたいと考えている。

 なお、この記事の内容の6割ぐらいはGeminiが作成した。私のブログから文体を抽出し学習させたうえで記事を作らせてみたのだが、どうだっただろうか。

世界史探究 1年間の授業記録 その⑤:中世ヨーロッパ編

~この記事について~

 本記事は、1年間の世界史探究の授業をすべて記録したものです。
 主に各授業の冒頭と終わりに話す内容のみを書きだすことで、授業の核となる部分だけ再現しています。
 なお、時間の関係上、授業内容のほとんどは西洋史です。(その他地域の歴史は受験対策用授業で補足しています。)



【中世ヨーロッパ:少ない史料から、当時の人々の生活について想像してみよう】

 ポイント:この分野の授業のテーマは、ずばり「社会史」です。古代ローマ史なんかはどうしても皇帝の名前が中心となってしまうので、中世では一気に「民衆の歴史」へと舵を切っています。
 では、なぜ社会史を教えるのか。それは「答えのでない問いに対して、教科書や史料を元に考える」というスキルを身に着けてほしいと思っているからです。「はっきりとした答えの出ない問いに対し、どれだけの根拠をもって妥当な答えを示せるか」、これは大学に入って研究をする場合、非常に重要なスキルとなるはずです。しかし、我々教員はちょっと油断すると「おもしろ英雄譚を話す授業」や「与えた問いに対して一つの答えを出させる授業」ばかりをやってしまいがち。中世史はそのようにならないよう意識をして授業を作成しています。



14. 中世世界の形成:サンタクロースってなんなのよ?

「さて、いよいよ授業は中世に入ります。ローマ帝国が衰退した後のヨーロッパは一体どうなっていったのでしょうか? 今日はそうした歴史を、みんなの知っているイベントと結びつけながら話してみたいと思います。そのイベントとは……クリスマスです。」

「クリスマスって何の日だか知っていますか? キリストの誕生日、なんて言われますね。実際には怪しいのですが、まぁそれは良いとしましょう。それよりも皆さんに聞きたいのは次の質問です。クリスマスはキリストの誕生日だとして、じゃあその日に空を飛ぶサンタクロースって何者? なんでおじさんが空を飛んで、家のなかに侵入してくるの? これ、答えられる人いますか?」

「クリスマスというイベントの原型は、すでに古代ローマ時代に存在していたといわれます。しかし、そこにサンタの姿はありません。じゃあ、我々の知るサンタクロースはどのようにして出来上がったのでしょうか。諸説あるのですが、今回は中世初期の歴史と絡めながら考えていきましょう。」

(第一次民族移動を経て、東欧と西欧では異なる世界が成立していくことを見る。そのうえで、特に西欧世界ではキリスト教ゲルマン民族が融合していったと説明し、その過程を解説。その途中で、「神聖ローマ帝国」といった概念についても説明する。)

「さて、ここまで見てきたように、中世初期の西ヨーロッパではゲルマン民族キリスト教の融合が進められました。そのなかで、「戦う者のピラミッド (身分秩序)」と「祈る者のピラミッド (身分秩序)」が結びつき、封建社会というものが生まれてきます。」

「そして、どうやらサンタクロースも、こうした融合の結果生まれたものと考えることができそうです。」

ゲルマン民族の風習では、10月末~12月頭のユール祭にかけて、北欧神話の主神オーディンが悪例と共に空を徘徊するとされていました。人々は真っ暗な冬を乗り越えるために、明かりを灯して家族でこの冬を越えようとしたのです。」

「つまり、ゲルマン民族は亡霊がこの地に舞い降りる10月末 (ちょうどハロウィーンの時期ですね) から、12月頭のユール祭まで、魔除けのための儀式を行っていたのでした。この魔除けの儀式こそが、クリスマスの原型なのではないか、と言われています。例えばクリスマスのときにヤドリギを飾りますが、あれは魔除けの意味合いが強いとされます。トゲトゲした葉を持ち、冬でも枯れないヤドリギは、魔に負けない命の象徴だと考えられたのでしょうね。」

「ちなみにこのユール祭の様子は『アナと雪の女王 クリスマスの思い出』でも描かれています。(実際に視聴させる) どうでしょう?私たちの知っているサンタクロースは影も形もありませんね。「鐘を鳴らす」とうたわれていますが、鐘は魔除けのためのものです。ヤギをかたどった木のオーナメントもたくさん出てきますが、これもまた魔除けのためのものですね。このように、本来のクリスマスには魔除けのモチーフがたくさん存在していたのです。」

「クリスマスは幽霊が出る季節だ、という考え方はイギリスなどにも強く残りました。ディケンズの『クリスマス・キャロル』という話を知っていますか? あれはクリスマスの日に幽霊が出てくる話ですが、それ以外にもイギリスではクリスマスの日に暖炉の周りで怪談話をする風習があります。クリスマスとは、亡霊が出る日だったわけですね。」

「さて、このようにクリスマスとは本来、この時期に空を徘徊するオーディンら亡霊を退けるための儀式でした (ちなみにこの時期に亡霊たちが空を徘徊することをワイルド・ハントと呼んだりします)。しかし、中世においてゲルマン民族キリスト教の混交が進むと、この儀式は微妙な立ち位置に置かれることとなります。キリスト教の信仰のなかには、オーディンという異教の神が存在できる余地がないのです。他方で、この時期に祭りを行う民衆たちの風習を消し去ることはできません。その結果、長い年月を経て、「空を飛び回る亡霊」は「プレゼントを配る聖人」へと変化し、クリスマスはキリスト教の信仰へと組み込まれていきました。」

「さて、今回の授業ではクリスマスという身近なイベントと、中世ヨーロッパの歴史を結び付けてみました。皆さんの周りにある何気ない風習にも実に厚い歴史があることに、気が付いてもらえたでしょうか。私は歴史を学ぶ意義として、「見えてはいるけれど気が付いていないもの、そんなもの気づくことができる」という点を非常に重視しています。歴史を学ぶ前と学んだ後では周囲の世界が変わって見えるような、そんな体験をしてもらいたいのです。この授業を受けて、クリスマスについての皆さんの見方が変わったとしたら、とても嬉しいです。」

「なお、クリスマスは時代・地域に応じて様々な扱いを受けてきました。例えばナチス・ドイツはゲルマン風のクリスマスにこだわり、クリスマスからキリスト教の要素を消すために様々な改変を試みます。なんでそんなことをしたのか、今回の授業に興味を持った人はぜひ調べてみてください。」




15. 中世世界の発展:なぜ中世ヨーロッパの民衆は動物を裁いたのか!?

「これまでの授業では、英雄と呼ばれる人物や、彼らが関わった大きな事件・戦争、そして国の政治について学んできました。みんなが使っている教科書の多くも、こうした政治の動きや出来事を中心に書かれています。」

「でも、それだけを見て、「昔の人たちのことをちゃんと知った」と言えるのでしょうか? よく考えてみると、歴史の中で目立つ「英雄」や「政治家」だけでなく、当時を生きた多くの人は、私たちと同じような、ふつうの人たちでした。そういう「ふつうの人」がどんな毎日を送り、どんなふうに世界を見ていたのかを考えなければ、本当の歴史は見えてこないのかもしれません。」

「こうした考えから、20世紀に入って 「アナール学派」 というグループの歴史学者たちが現れました。彼らは「ふつうの人びとがどんな世界を生きていたのか」をテーマに、さまざまな研究をしました。その内容は、教科書に出てくるような歴史とは少しちがっていて、もっと身近で、人間らしさが感じられるものばかりです (ダーントン『猫の大虐殺』、ギンズブルグ『チーズとうじ虫』、コルバン『人喰いの村』など)。」

「今回は、そんなアナール学派のやり方にならって、「中世ヨーロッパの動物裁判」 という、ちょっと変わった題材を取り上げてみましょう。ふつうの人たちが動物を裁判にかけていた、その背景にはどんな社会や考え方があったのでしょうか?」

「1386年、フランスのある地方でブタが赤ん坊の腕と顔を食べてしまう事件が起きます。赤ん坊を食べて口を血に染めたそのブタは、現行犯でただちに逮捕され、監獄に入れられました。」

「監獄に入った豚はどうなったのか……なんと彼 (?) は裁判にかけられてしまいます。この裁判というのは適当なものではなく、入念な準備のうえに行われたものです。まず、検察官によってブタへの起訴手続きが行われました。次に、ブタに弁護士が任命され、弁護士は弁護のために事件の状況を調査し、ブタとの面談も済ませ、弁護の手はずを整えていきます。」

「そしていよいよ裁判の日、ブタは裁判所への出頭を命じられ、「被告人 (?)」として席につきました。ブタへの有罪判決を求める検察に対し、弁護士は必死で反論。しかし、弁護も虚しく、ブタは死刑と判決されます。」

「後日、刑吏によって刑の執行が始まりました。まず刑吏はブタの鼻面を切り落とし、その顔に「人面」をかぶせます。その後、同様に腕を切り落とし、胴体に「人間の上着」、前足に「白手袋」、後ろ足に「半ズボン」をはかせました。そして刑吏はブタを絞首台に引き上げ、つるし上げたのです。」

「ほかにもこんな例があります。1120年のフランスで、ブドウ園を食い荒らす毛虫とネズミが異端審問にかけられました。ブドウ園を食い荒らされた農民たちは、様々な証拠を裁判所に提出し、毛虫とネズミの犯罪を立証しようとします。裁判所は最初、住民に対して祈祷 (きとう) を勧めましたが、全く効果がありませんでした。そこで裁判所は、被告人 (毛虫とネズミ) に裁判所への出頭を呼びかけます。だが、不思議なことに (?) 誰も現れません。仕方がないので、被告人欠席のまま起訴と弁護が行われたのち、教会立ち合いのもとで被告人への破門が宣言されます。こうして毛虫とネズミは、キリスト教世界から追放されたのでした……。」

「さて、中世においてはこんな感じの裁判がそれなりの数、行われていたようです。では、なぜ民衆たちはこのような裁判を行ったのか。それを、この背景にある大きな歴史を結びつけながら考えてみましょう。」

(この後、グループワークで問いへの答えを考えさせる。詳しい展開は次の記事で → メモ:中世の農民はなぜ動物裁判を行ったのか - 世界史を、もう少し考える )




16. 中世の都市:マンガ『チ。』から見る、中世都市の生活

「さて、前回は動物裁判を通じて中世の農村を見てきました。今回はマンガ『チ。』を通じて、中世の都市世界を見ていきましょう。」(マンガのコマを使いながら解説していく。)

(著作権の関係上、細かい解説は避けるが、授業中に配布したプリントは次の記事の通り → マンガ「チ。」 に見る中世ヨーロッパの都市とその生活 - 世界史を、もう少し考える )

マンガ「チ。」 に見る中世ヨーロッパの都市とその生活

*以下は「チ。」について説明する際に配布した資料です。とくに「チ。」との細かい関係性には触れていません。あくまで補足プリントのようなものです。*


(1)農村はどんな生活をしていたっけ?

 中世の人々の多くは、荘園と呼ばれる土地に住み、農業をしながら生活していた。領主に対して労働や年貢を納める生活は、封建制度と呼ばれる主従関係によって成り立っていたんだよね。
1 1世紀ごろになると、ヨーロッパでは 「開墾運動」 と呼ばれる土地の開発が活発になった。この運動を担ったのが、キリスト教の 「修道院」 の一派だ (ベネディクト派やシトー派など)。「祈り、働け」 をモットーとする彼らは、驚異的な熱心さで森や湿地を切り開き、人々の生活圏を広げていった。このようにして新しく広がった土地にも、領主と農民の間の契約関係が築かれ、封建社会がより一層広がっていった。
 そうした荘園はやがて人口を増やして村となる。そうした村には教区教会と呼ばれる教会があり、教区司祭が日曜ミサなどを通じて住民たちの布教につとめたんだ。このようにして社会の隅々にまでキリスト教が広まっていくことになる。
 その一方で、農村とは異なる新しい生活の場が誕生しはじめた。それが都市だ。たとえばパリやミラノといった都市がこの時代に成長していく。では、中世の都市とはどのような場所だったのだろう。


(2)都市の形成

 農業が発達し、農村では余った生産物(余剰生産物)が出るようになった。ゲルマン民族やノルマン民族の大移動も落ち着き、少し余裕ができたということだね。そこで、こうした余剰物を売ったり、交換したりする場所が求められるようになる。その結果、市場を中心とした都市が生まれ、流通の拠点として成長していった。とくに北方の「北海商業圏」と、南方の「地中海商業圏」を結ぶエリアに多く都市が作られたんだ (フランスのシャンパーニュ地方などが有名)。
 こうした中世の都市の多くは城壁に囲まれていた。ヨーロッパの都市名には「○○ブルク」「○○ブール」「○○バラ」「○○バーグ」というものが多いが、これらはいずれも 「城壁に囲まれている」 ということを意味する。外敵や盗賊から都市を守るための城壁は、安全な商業活動を保障するために必須のものだったんだね。
 また、ヨーロッパには「都市は人を自由にする」という言葉がある。これは、農村で農奴として生きていた人が、都市で1年と1日生活すれば自由人として認められた、という中世都市の特権に由来する。そのため、農民や商人、職人など、さまざまな立場の人々が都市に集まり、新しい生活を始めていった。



(3)都市とギルド

 都市の中では、商人や職人が中心となって経済活動が行われていた。そうした人々が結成したのが 「ギルド」 と呼ばれる組合だ。ギルドは、同じ職業の人たちが協力し合って商品や価格の質を保ったり、外部からの競争を防いだりするための組織だった。
 ギルドには、職人たちによる 「手工業ギルド」 や、商品を遠方まで運んで取引をする 「商人ギルド」 などがあった。これらは都市の経済を支える大きな力となっていたんだ。
 都市ではこうしたギルドが中心となって自治が行われていて、けっこうな裁量を持っていたんだ。とくに十字軍によって遠隔地貿易が盛んになって以降は、力をつけた都市が国王や権力者から自立して自治都市となったり、都市同盟を結んで皇帝と争ったりしたよ (イタリアのロンバルディア同盟や、ドイツのハンザ同盟が有名)。
 ギルドには厳しい制度もあり、職人になるためには、まず弟子として修行し、やがて職人になり、最終的には「親方」になるという順序を踏む必要があった (徒弟制度)。都市には農村と異なった独自の身分秩序と経済構造が存在していたんだね。



(4)大学の発達

 中世の都市では、教育の中心として大学も設立された。はじめは教会に属する聖職者の教育機関として始まったんだけど、次第に広く知識を求める人々の場へと発展していく。
 大学ではまず 「自由七科 (リベラルアーツ)」 と呼ばれる教養科目が教えられた。これには文法・修辞・論理・算術・幾何・天文・音楽の7つの科目が含まれる。その後、より専門的な学問として、神学・医学・法学といった上級学科へ進むのが一般的だった。
だが、当時の大学は男性のためのものだった。女性は長い間、大学で学ぶことを許されておらず、実際に女性が大学に入学できるようになるのは19世紀末から20世紀にかけてのことになる。



(5) 都市における教会

 都市の中には、必ず教会が建てられ、そこが人々の信仰の中心となっていた。教会はただの礼拝の場ではなく、教育や福祉、地域の情報の発信地としても重要な役割を果たしていた。
 しかし、教会の教えに反する考え方を持った人々は「異端」とされ、厳しい取り締まりの対象となっていく。このとき、異端かどうかを判断するために行われたのが「異端審問」だ。ローマ教会は 「正しい信仰の形 (正統)」 を定め、それに従わない思想や運動を厳しく排除した。
 異端とされた人々は、処罰として信仰の放棄を強制されたり、牢獄に入れられたり、時には火あぶりにされることさえあった。教会の持つ力の強さが、このような厳しい統制にあらわれているね。



【ポイント!異端の形成】

 古代ローマ時代、キリスト教はさまざまな解釈が存在する多様な宗教だった。その中で、信仰の内容を統一し、正統教義 (正しいとされる教え) を定めるために、教会の指導者たちが公会議を開催する。
 最初の重要な公会議は、325年に開かれたニケーア公会議。この会議では、「イエスは神と同質である」とする立場が正統とされ、「イエスは神に似てはいるが、神ではない」としたアリウス派の教えは異端とされた。また、この公会議で、神は「父・子・聖霊」という三つの位格を持つという三位一体の考え方が中心的な教義として定められた。
 その後、431年のエフェソス公会議では、「イエスには人間性と神性が分かれて存在する」というネストリウス派の教えが否定され、マリアは「神の母」として認められた。
 さらに451年のカルケドン公会議では、「イエスは完全な神であり、完全な人間でもある」という教義(両性説)が正統とされました。これに反対して「神の性質だけを持つ」と主張した単性論は異端とされ、教会の分裂のきっかけにもなる。
 このようにして、キリスト教では複数の公会議を通じて、正統と異端の線引きが少しずつ明確にされていったのだ。

世界史探究 1年間の授業記録 その④:古代ローマ編

~この記事について~

 本記事は、1年間の世界史探究の授業をすべて記録したものです。
 主に各授業の冒頭と終わりに話す内容のみを書きだすことで、授業の核となる部分だけ再現しています。
 なお、時間の関係上、授業内容のほとんどは西洋史です。(その他地域の歴史は受験対策用授業で補足しています。)



古代ローマ:栄光と失敗が盛りだくさんのローマ帝国から学ぼう!】

 ポイント:古代ギリシアから引き続き、政治体制を中心に話を進めています。ギリシア・ローマの歴史を通じて、民主主義や共和制、帝政といった基本的な政体について理解してもらい、後の学習に活かしたいのですが………どうしてもこうした政治概念は記憶に定着しにくく、すぐに忘れてしまうようです。なるべく現代の話に引き付けようと努力しているのですが、それでも印象に残りにくいみたい。



11. 古代ローマの光と影:政治の腐敗と格差の拡大はどのような社会を生み出すか

「突然ですが、みなさんは『ばら撒き』という言葉を聞くと何を思い出しますか? コロナのときの現金給付を思い出す人、多そうですね。他には? 最近のニュースで報じられていたもの、いくつか言えるでしょうか?」

「気づいている人も多いと思いますが、こういうばら撒き政策は、選挙前に打ち出されることが多いです。各候補者は当選を目指して様々なアピールをするわけですが、そのなかにはばら撒きに近いことを打ち出す人もいるわけですね。」

「さて、いわゆる『ばら撒き』については様々な賛否があります。「単なる選挙の人気取りになっていないか」「ちゃんとその政策に長期的な効果はあるのか」「それよりも先に予算を割くべきところがあるんじゃないか」などなど。」

「実はこの『ばら撒き』政策、古代のある地域で大々的に行われていました。それが今日見ていくローマです。では、ローマという国は『ばら撒き』の結果どうなったのか、『ばら撒き』はどんな社会を生み出したのか、見ていきましょう。」

(*共和制ローマの成立、ポエニ戦争後の属州獲得と無産市民の増加、パンとサーカス、内乱の1世紀について解説)

「さて、共和制であったローマは以上のような過程を経て帝政を成立させます。今日のこの話は、現在の様々なニュースに通じるものです。例えば、現在のアメリカの混乱についても重要な示唆を与えてくれます。1970年以降、アメリカの大企業は工場の海外移転を進めました。その結果、アメリカではメキシコ産や中国産の安価な製品が流通するようになります。しかし、一方でアメリカ国内では失業者が増加し、格差も拡大しました。トランプ政権の成立には、そうした失業者らの不満があるといえるかもしれません。」

「以上はあくまで一つの見方でしかありません。あまりに単純化された話なのであまり鵜呑みにしないでください。ただ、それでも、古代ローマの歴史が一つの見方を私たちに教えてくれるのは確かです。歴史は繰り返す、だからこそ我々は歴史を学ぶのです。」



12. 古代ローマの帝政:混乱のなかで人々が求めたもの ①

「さて、前回お話しした通り、共和制ローマは前1世紀頃に大きな混乱を迎えました。では、そのあとのローマはどうなったのでしょうか。紀元前4年頃から起源後65年までを生きたセネカという人物は次のように書いています。「ローマ人は、食べるために吐き、吐くために食べる」。この言葉から、どんな状況を想像しますか?」

「ローマは内乱の1世紀を乗り越えて大きく成長していくことになります。その成長を可能にしたのが、「帝政」という在り方でした。今日は帝政の成立と安定期のローマを見ていきましょう。」(三頭政治アウグストゥス五賢帝などについて解説)

「さて、今日見てきたように、「内乱の1世紀」のあと、ローマは帝政という名の独裁体制を敷き、国内政治を安定させました。独裁政治のほうが安定するというのは皮肉ですが、古代ギリシアプラトンが述べたような哲人政治が実現したとも考えられますね。実際にマルクス=アウレリウス=アントニウスのような人もいたわけですし。」

「しかし、こうした独裁体制下でも、社会から虐げられやすく、見捨てられやすい人たちはいます。貧者や病人、社会に馴染めない人たちです。彼らもまた自分たちを救ってくれるヒーローを求めていました。では、皇帝が彼らのヒーローになってくれないなら、一体だれがその役目を果たしたのでしょうか……。次回はそれを見ていきましょう。」



13. キリスト教の誕生:混乱のなかで人々が求めたもの ②

「ウンベルト=エーコという学者の本に『醜の歴史』というものがあります。これは歴史に残る醜いものを徹底的に集めた変な本なのですが、そのなかで中世の神学者アウグスティヌスのこんな言葉が引用されています。「われわれが目にした主は美しくもなく、魅力的でもなかった。顔は嫌悪すべきもので、身体は歪んでいた。これこそ主の力なのだ。主は侮蔑され、その身体は醜くされた。傷だらけで、あらゆる弱さの痕跡を身にとどめていた。」(アウグスティヌス『説教集』)」

アウグスティヌスは敬虔なキリスト教徒です。しかし、彼はキリストのことを「醜い」と表現します。そのうえで「これこそ主の力なのだ」というのです。これは一体どういうことでしょう。」

「皆さんは、「神」というとどんな存在をイメージしますか? 人や宗教によって多様だと思いますが、少なくとも古代の多くの人々にとって、神とは強大な力を持つ存在だと考えられていたと思います。しかし、イエス・キリストはそうした神とは全く異なる存在でした。彼は磔刑になり、徹底的にいたぶられて、命を落とすわけです。では、なぜそんな「醜い」死に方をしたイエスが、今日に至るまで世界中で信仰されているのか。これは世界の歴史を知るうえで非常に重要なピースとなるので、じっくりと見ていきましょう。」(イエスの布教、隣人愛、ユダの裏切り、磔刑、復活といった話を、聖書と歴史を交えながら概説。そのうえで、4世紀におけるキリスト教国教化までの道のりと、ローマの衰退までを見ていく)

「さて、ゲルマン民族による大規模な民族移動を受けて、ローマ帝国が築き上げた文化は次第に忘れられていきました。そしてローマ帝国がすっかり衰退した西ヨーロッパには、新たにやってきた民族 (ゲルマン人)、帝国の後ろ盾を失った宗教 (キリスト教)、小規模化した農業 (コロナトゥス)、そして「ローマ帝国」という輝かしい栄光の名前だけが残されます。これらの遺物が絡み合いながら、中世という新たな時代が幕を開けることになるのです。」

世界史探究 1年間の授業記録 その③:古代ギリシア編

~この記事について~

 本記事は、1年間の世界史探究の授業をすべて記録したものです。
 主に各授業の冒頭と終わりに話す内容のみを書きだすことで、授業の核となる部分だけ再現しています。
 なお、時間の関係上、授業内容のほとんどは西洋史です。(その他地域の歴史は受験対策用授業で補足しています。)




古代ギリシア:民主主義と哲人政治

 ポイント:古代ギリシアを通じて、政治の在り方について考えさせる構成にしたいと思っています。そこで、前半は民主政治の完成について、後半はプラトンによる民主主義批判を扱いました。しかし、まだ対比関係をうまく描き出せていない感じがあり、テーマがちゃんと打ち出せていません。来年の課題ですね。


9. 古代ギリシアと民主政治:「みんなで政治をやる」って、実はすごい発明品だった?

「今日からは、ギリシアとローマという2つの地域を見ていきましょう。この2つ、現在でも海外旅行の行先きとして非常に人気ですね。行ったことない人も、この景色を見たことはあるでしょう (コロッセオパルテノン神殿を見せる)。こちらはローマですね。こちらはアテネ。今日の舞台はこのアテネです。」

アテネでは、人類の歴史上とても重要な2つのものが発明されました。民主主義と哲学です。どちらも公共という科目のなかで学んだことからわかるとおり、現代の私たちの社会をつくりあげている重要な発明です。」

「さて、私たちは民主主義というものが当たり前の世界に生きているから、ピンと来ないかもしれませんが、民主主義というのは基本的にコスパが悪いです。例えば、衆議院選挙を一回やるのに700億円弱ものお金がかかるといわれます。ユニバーサルスタジオジャパンの建設費は1000億円くらいだったらしいので、すごい額ですね (逆にイメージしにくいかもですが…)。」

「だから、すでに見た通り、メソポタミアやエジプトでは「王≒神」が政治をしていました。歴史を見ていくと、他の多くの時代・地域でも、王族や貴族による寡頭政治がメジャーです。」

「しかし、アテネでは「市民全員」が政治に関わることが最重視されるようになります。選挙に来た人に日当が配られたりもしました。今こんな仕組みがあれば、若者のみんなが選挙に行くかもしれませんね。いったいなぜ、こんな不思議な政治が、大昔に生まれたのでしょうか。」(概説する)

「さて、ここまで民主主義の歴史を見てきました。全員が国の決定に関わることができる政治、ちゃんと運用されればこんな良いものはありませんね。しかし、「全員が決定に関わることができた」というときに、注意しなければならないことがあります。それは女性の扱いについてです。教科書のコラムには、民主制が完成していく過程が女性にとってどのような意味を持ったのか、書かれています。コラムを読んで、その内容をまとめてください。」

(*実教出版『世界史探究』では、民主制が基本的に男性同士の絆に基づくホモソーシャルなものであったこと、民主制アテネにおいて女性は貴重なアテネ市民を産む存在として動向が厳しく管理されるようになったこと、などがコラムに書かれています。

(参考①:アテナイにおける女性管理が短くまとまっている資料 → https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/15/5/15_5_5_62/_pdf/-char/ja )

(参考②:この分野についての授業法を書いた記事 → カード法の提案と、古代ギリシアの授業案 (目次) — 「高校の授業において求められる能力」と「大学のレポート作成において求められる能力」の間をいかに埋めるかについての一考察 - 世界史を、もう少し考える )

(*ギリシア史は話し出すと無限に話せるだけの厚みがあるので、ついつい情報過多になりがち。民主制成立の流れについては、教師が話をするよりも、物語調にまとめた資料を配布して生徒に読み解きながらまとめてもらうなどの工夫が必要かも。)



10. 古代ギリシアと哲学:透明人間になれる指輪があったら、あなたはどう使う?

古代ギリシアの哲学者、プラトンの著書『国家』のなかに、こんな話があります。プラトンの本は師匠であるソクラテスを主人公にした対話劇なのですが、あるときソクラテスのところにやってきた人物がこんなことを言い出すのです。「もし、透明人間になれる指輪があったらどうするか」。あなただったらどうしますか?」

「この話題を出した人物は、ソクラテスに対して畳みかけるように持論を展開します。この指輪があれば、泥棒も殺人もできる。きっと、どれほど正しい人でも悪事に手を染めるはずだ。このことは、絶対に正しい人間など存在しないことの証拠ではないか。きっとどんな人間でも、絶対にバレない状態だったら罪を犯すだろう。結局みんなは罰せられるのが怖いから不正をしないだけであって、普遍的な正義なんて存在しないんだ、と。」

「この『国家』という本は、現在でも本屋で売られているような、非常に有名な本です。「すべての哲学はプラトンへの注釈である」なんて言われることもあります。それくらい大きな影響力を持ち続けてきました。では、そもそもプラトンはなんでこんな問いを追究したのでしょうか。「透明人間になれたら」なんて話を通じて、彼はどんなことを考えたかったのでしょうか。」

「彼の師であり対話篇の主人公でもあったソクラテスは、ペロポネソス戦争に従事していました。この戦争はアテネの混乱を象徴するものとして知られています。(ペロポネソス戦争について概説)」

「さて、ペロポネソス戦争で敗走したソクラテスは、アテネへの疑問を深めたといわれます。民衆はその場の利益だけを求めて愚かな選択をし、政治家は民衆を扇動するばかりで有益なことをしない。正義のない土地で民主主義を採用すると、危険なのではないか、と。そして彼は、知を愛する姿勢 (フィロソフィー) に支えられた生き方や政治について説き始めるのです。(問答法やソクラテスの最期について解説)」

ソクラテスの処刑に大きな衝撃を受けたのが、弟子のプラトンでした。彼はソクラテスの言葉を継ぎながら、理想の政治とは何かを考え出します。ここで、冒頭の問いに戻ってみましょう。プラトンソクラテスの口を借りながら、次のように問いかけます。透明人間になれる指輪をつかって悪事を働くのは、本当に “得” なのだろうか。」

「もし、自分の欲に負けて指輪を使ってしまったらどうなるでしょうか。最初にこの問いかけをしたとき、「ほしいものを盗む!」とか「嫌な人を陥れたい」と答えた人がいましたね。そのようなことをしたあと、あなたはどうなるか、想像してみてください。プラトンは、その人物は欲望の奴隷になってしまう、といいます。そして、一度そのように欲望を暴走させると、破滅まで止まらなくなってしまうだろう、と。」

「基本的に、人間の快楽というのは長続きしません。宝くじに当選しても、喜びはすぐに過ぎ去ってしまい、長期的な幸福度は上昇しない、なんて調査結果もあるようです。指輪によって悪事を犯しても、そこから得られる幸福はどんどん減っていくでしょう。そしてあなたは新たなスリルを求めてより危険な悪事へと手を染めるようになり、裏切りや復讐を恐れて他者と付き合えなくなり、あるいはなんでもできるがゆえに他者とつきあうだけの忍耐力を失っていく……。そして、ただ自身の欲望に支配された獣に成り下がるのです。」

プラトンは、こうしたことは国家においても同じだと考えました。悪へと向かう心を制御できず、自らの欲を追い求める国家は滅びるであろう、と。だから、一時の感情に流されやすい民衆が政治を行うべきではない。自らをコントロールできる哲人こそが、政治を担うにふさわしい。彼のこうした考えを哲人政治と呼びます。」

「さて、私たちは古代ギリシアを通じて、民主政治の完成と、それへの批判を見てきました。民主主義と哲人政治、どちらが良い政治だと思いますか?あなたの考えを教えてください。」

(*今年はプラトン『国家』を読み直したうえで、そのエッセンスを抽出し、このような授業を作りました。ここで取り上げた「ギュゲスの指輪」の話は『国家』の全編を通じて探究されるものなので、実際にはここまでシンプルな話ではありません。)

世界史探究 1年間の授業記録 その②:古代オリエント編

~この記事について~

 本記事は、1年間の世界史探究の授業をすべて記録したものです。
 主に各授業の冒頭と終わりに話す内容のみを書きだすことで、授業の核となる部分だけ再現しています。
 なお、時間の関係上、授業内容のほとんどは西洋史です。(その他地域の歴史は受験対策用授業で補足しています。)



【オリエント世界:歴史の想像力を育てる】

 ポイント:古代史を教えながら、同時に歴史への向き合い方の基礎を教えている。「歴史と向き合って楽しむ方法」「史料から歴史を考察する方法」「歴史と現在のつながりを考える」「比較を通じて情報を整理する方法」など、重要なスキルを1時間で1つずつ教えていく構成。



4. 文明の誕生:歴史を学ぶには想像力が大切だ!

「いよいよ人類の歴史を見ていきましょう。今回は文明の誕生について。とはいってみたものの、そもそも文明とは何でしょうか? 何があったら文明だと思いますか?」

「世界最古の文明はオリエントに生まれました。このオリエント、乾燥地帯です。なんで乾燥地帯で文明が生まれたのでしょう? 「大河があったから」と中学校で習ったかもしれませんが、水が大切なら他にもいろいろ候補になる土地はあったはずです。水が豊かなところはいくつもあるのですから。ではなぜ、よりにもよって乾燥地帯のど真ん中に、最古の文明が生まれたのか、これを考えてみましょう。」

「次に、この最古の文明の姿をイメージしてみましょう。例えば絵の史料としては「ウルのスタンダード」と呼ばれるものが発見されています。文字史料としては『ギルガメシュ叙事詩』があります。これらから、最古の文明のどんな姿を読み取れるでしょうか?」(参考 → ウルのスタンダード - Wikipedia )

「古代の史料はとても限られています。でも、だからこそいろいろなことを想像するロマンがあるのだともいえるでしょう。ぜひ、数少ない史料から、人間はなぜ文明を作ったのか、考察してみてください。」


5. 法の誕生:社会にルールが生まれるとき

「今日も史料から古代の姿を想像してみましょう。今日の史料はハンムラビ法典です。この法典から、当時の社会を想像してみてください。そして、なぜこのような法が生まれたのかを考えてみましょう。」

「歴史をさかのぼってみると、世界には実に様々な法律や裁判があったことがわかります。おもしろいのは世界中に伝わる「神判」です。日本ではクガタチなんかが有名ですね。では、① 世界に伝わる「神判」のなかから興味をもったものについてまとめ、② そのような神判が行われた背景を想像したうえで、③ それらとハンムラビ法典の違いを考えてみましょう。」

「さて、このメソポタミアですが、ここには絶えず様々な異民族が侵入します。(細かな民族名を説明したうえで) こうした歴史を見ていると、争いがあるからこそ契約のために文字が産まれ、過剰な争いを避けるために法典が生まれたのではないか……という気がしてきます。すると、「争いがあったから文明が産まれた」、つまり「文明と争いは常に隣り合わせのものだ」といえるでしょうか。もしくは「争いを減らすための不断の努力を、私たち人間は続けてきた」ということでしょうか。あなたは人類の歴史をどう見ますか?」


6. 積み重なるエジプト史:歴史の積み重ねを想像してみよう

「今日はエジプトの歴史です。皆さんも知っているクレオパトラ。この人っていつの人でしょう? クレオパトラが産まれたのは紀元前69年頃、つまり今から2000年くらい前です。」

「他方で、巨大ピラミッドが作られたのは大体紀元前2500年ごろ。つまり、巨大なピラミッドが作られてから、クレオパトラが生まれるまでには2500年くらいありました。なんと、「クレオパトラから現在まで」よりも「古代ピラミッドからクレオパトラまで」のほうが500年くらい長いのです。エジプトの歴史の長さがイメージできたでしょうか。」

「そんなに長かったので、エジプトの歴史は多くの時間の流れの積み重ねからできています。(「アサシンクリードオリジンズ」を見せながら) この街並みを見てください。これはクレオパトラが住んでいた時代の、アレクサンドリアという街をゲーム内に再現したものです。ゲームなので誇張はありますが、皆さんがイメージするエジプト世界とはだいぶ違うのではないでしょうか。どのようにしてこのような世界ができあがっていくのか、その歴史の積み重ねを見ていきましょう。」(参考 → ゲームで世界史を学べるか —『アサシンクリード・オリジンズ』を例として—① - 世界史を、もう少し考える)

「私たちが生きる現在も、きっとこういう時間の積み重ねからできています。周囲を見渡してみて、時間の積み重ねが生み出した景色を発見してみてください。そういう想像力の眼鏡をもって世界を見ると、世界がこれまでよりも “厚い” ものに見えるはずです。」


7. ユダヤ教の誕生:歴史は “力” を持つ
「歴史は人を動かす力を持ちます。突然いわれても、ピンと来ない人も多いかもしれませんね。でも、例えば現在ガザで起きている紛争にも、古代の歴史が関わっていると知ったらどうでしょう。今日はユダヤ教の誕生から、現在に続くパレスチナ問題まで見ていきましょう。(概説していく)」

「ここまで学んだことからわかるように、古代の歴史も、現代の問題につながっています。だからこそ、現代を理解するために歴史を学ぶのです。」

「ただし、「古代にパレスチナに住んでいたユダヤ人が、自分たちの国に帰りたいという気持ちを持ち続けていて、それがそのまま現代の問題につながっている」と考えるのは、あまりにも単純です。皆さんはまだ歴史のことをあまり知らないので、今回はあえて単純化しながら話をしました。でも、実際にはもっと複雑な過程があります。歴史はしばしば「何かを正当化するために利用される」ことがあるのですが、この問題にもそうした側面があります。」

「少しずつですが、一年の授業を通じてそうした複雑さについて考えられるようになっていきましょう。一年間を終えて、最終版の授業でまたここに戻ってきます。そのときに今よりもより複雑に歴史について考えられるようになっていたら、一年間の授業は大きな意味があったということになるでしょう。(*終盤の授業で中東史やホロコーストを扱う)」


8. オリエント地域の統一:文系は科学をできるのか?

「いよいよオリエント編もラスト。今日は皆さんに「文系は科学をできるのか」ということについて考えてもらいます。中学校でもやったように、理系の分野ではしばしば比較実験が行われます。条件を変えながら実験をし、因果関係を明らかにしていくわけですね。でも、歴史はそういった実験ができません。多くの文系学問は同様の問題を抱えています。では、歴史を学ぶことは、科学ではなく、単なる遊びのようなものなのでしょうか」

「ここで、皆さんに質問です。「異民族に優しい社会」と「異民族に厳しい社会」、どちらが長く存続すると思いますか? 各々、理由と共に考えてみてください。」

「この問いの答えを探すために、ある大学の入試問題を見てみましょう。「アッシリアとアケメネスの支配体制・支配領域の異動を、両帝国の崩壊過程と結びつけて、200~250字で答えよ」。教科書を読みながら、この問題への解答を作成してください。」

「どうだったでしょうか。皆さんは、アッシリアとアケメネスという2つの帝国を、いくつかの観点から整理し、比較を行ったはずです。そうした比較を通じて、どのような政策がアッシリアとアケメネスの運命を分けたのか、理解していったのではないでしょうか。このように文系の学問でも比較は重要な役目を果たします。比較を通じて初めて、「異民族に優しい社会が存続しやすいか、すぐに滅んでしまうか」という問いへの答えを与えることができました。」

「今日は、情報を整理したうえで、仮説への答えを探してもらいました。これこそが「学問」に求められる姿勢の一つです。歴史を単なる面白話しの集まりとしてではなく、科学として見る。こういう見方を、これまで学んでこなかった人も多いのではないでしょうか。大学に進学したい人なんかは、大学でこういう訓練を受けていくのだということを、頭の片隅に置いといてください。」
(アッシリアとアケメネスについて別の見方から考察した記事 → アッシリアはなぜ1400年も "続いた" の?① - 世界史を、もう少し考える)

世界史探究 1年間の授業記録 その①:ガイダンス編

~この記事について~
本記事は、1年間の世界史探究の授業をすべて記録したものです。
主に各授業の冒頭と終わりに話す内容のみを書きだすことで、授業の核となる部分だけ再現しています。
なお、時間の関係上、授業内容のほとんどは西洋史です。(その他地域の歴史は受験対策用授業で補足しています。)


【導入&基礎スキル編】

ポイント:あまり固くならないようにしつつ、世界史を学んでいくうえでの基礎を教えています。だいたいこれで一週間くらい。


1. ガイダンス:人間と動物の最大の違いは何か?
「人間と動物の最大の違いは何か。みなさんはなんだと思いますか? 私は、「歴史を語ることができる」ということこそが、人間の最大の特徴だと思います。」

「では、人間はなぜ歴史を語るのでしょう?そして我々はなぜそれを学ぶのでしょう。タテマエは良いので、それが意味のあることなのか、無意味なことなのか、本気で考えてみてください。」

「私たちはなぜ歴史を語れるようになっているのか。それは意味のあることなのか、あるいは無意味な偶然なのか。歴史はただ同じことを繰り返しているだけなのか、それとも意味のある歩みなのか。社会科の教員である私ですら、日々悩む問いです。一年の授業を通じて、ぜひ考えてみてください。一年間の授業が終わったときに、何か少しでも「歴史を語ること、学ぶことの意義」を見つけてくれていたら、私の授業にも意味があったということになるでしょう。」
(*漫画 魚豊『チ。-地球の運動について-』を読むように勧める)


2. あなたの頭のなかの世界史:みんなの歴史観を浮き彫りにしてみよう!
「今から、世界史で登場する人物や事件が書かれた絵を配布します。白紙の年表を渡すので、班で話し合って、正しい位置に張り付けてください。」

(すべての班のものを黒板に貼りつけたうえで)「ガンジーが古代に来てたり、めちゃくちゃなことになってますね。いまはそんな感じで構いません。これがいま、みんなの頭のなかにある「世界の歴史」です。」

「1年後に同じことをやってみましょう。そのときに、みなさんが全く同じような間違いをしていたら、世界史の授業は失敗だったということになりますね。そうならないように、なんとか努力していきます。」

「さて、どうせ年表があるので、1年間の授業で学ぶことの大まかなイメージをつけておきましょう。(古代・中世・近世・近代・現代という歴史区分と、そのおおまかなイメージについて簡潔に説明する)」


3. 世界史基礎スキル:何も見ないで世界地図を描いてみて
「前回は年表でしたが、今回は地図です。心理学にはメンタルマップという考え方がありますが、みなさんの頭のなかの世界地図はいったいどうなっているのでしょう?何か共通する特徴とかあるのでしょうか。白紙の紙に、何も見ないで世界地図を描いてください。」

(→ 略地図の書き方や地域名、「○○年」は「○○世紀」のような基礎知識を確認していく)