世界史を、もう少し考える

高校教員が、世界史や社会学についてあれこれと書きます。(専門は社会学です)(記事の内容は個人によるものであり、所属する団体等とは一切関係はありません。)

中央ユーラシア史から見るモンゴル ー「大帝国」の来歴と内実 ⑤

5. まとめと展望

 本稿が最初に掲げた問いは、(1) なぜモンゴルは、13・14世紀に人類史上最大の版図を実現しえたのか、より正確には、そもそも「人類史上最大の版図を実現する」とはどのような事態を指すのか、そして (2) 彼らはしばしば「残虐な存在」「破壊の限りを尽くす」といったイメージで語られるが、そのイメージは適切なのかというものであった。これを中央ユーラシア史から解くのが本稿の狙いであり、それは大方達成されたのではないかと思う。



 前章までで様々な要素に触れたが、重要な点のみをまとめて結論としたい。第一に、「人類史上最大の版図を実現する」ためには、「モンゴル」というまとまりに属していると意識している人々を増やさなければならない。チンギスの外征は、そうした意識をモンゴル国成員のなかに植え付けた第二に、広大な領域の支配の大枠は、遊牧国家の伝統を引き継ぐような形で整えられた。それは例えば現地の支配を尊重する連合体の形式を採っており、その点でモンゴルや大元ウルスの支配はとても「緩やかなもの」であったといえるだろう。それは「残虐なモンゴル」というイメージからもずれるものである。そして第三に、モンゴルが実務を自分たち以外の種族に任せたことは、しばしば彼らの文化的遅れとして理解されてきたが、これも誤りである。中央ユーラシアでは、遊牧というそれ自体独特の文化が育まれてきたのであり、モンゴル国や大元ウルスは、柔軟にムスリムウイグルなど周辺民族の方式・文化を受け入れつつも、大枠において遊牧文化の基本を保ちながら分業体制を敷いたに過ぎない。それは「文化の遅れ」というよりも、農牧融合の一形態であったと考えるのが適切であろう

 さて、最後に本稿の課題と今後の展望について、ざっくばらんに触れておこう。本稿に残された細かな課題は多い。執筆時間の短さと筆者の知識不足によって、様々な事項を取り上げ損ねているとは思う。また、単純な誤りが含まれている可能性も否定できない。紙幅の関係もあるが、モンゴルをあまりに黄金時代のように描きすぎている点にも問題がある。モンゴルの内紛には触れていないし、崩壊の様相も扱えていない。まるで何事もなく順調に大帝国が築かれたかのように描いてしまっているが、もちろんそんなことはない。それらについては参考文献を参照してもらうことにしたい。

 そうした細かな点よりも、本稿のキーワードである「農耕」・「遊牧」という概念が持つ胡乱さが気になる。妹尾の論考を読んでいる時点から気になっていたが、この概念は定義が不明瞭であり、かつあまりに使い勝手が良い。それゆえに、大きなあやしさを含んでいる。記述に用いる概念が曖昧なのは、致命的な問題であろう。この点については、農牧境界地帯という概念が中央ユーラシア研究者に広く受け入れられている分、その概念の検討や再定義なども進められているようである。今後、調べてみたい *1




参考・参照文献
茨木智志 2007 「モンゴル国における社会科教育の現状と課題」(in 『社会科教育研究』 No.101).
———— 2009 「戦後社会科における世界史の教育」(in 『社会科教育研究』 No.107).

上田信 2018 「高校世界史における日中関係」(in 長谷川修一・小澤実 『歴史学者と読む高校世界史』 勁草書房).

梅村坦 2011 「趣旨説明 (<特集>内陸アジア史学会50周年記念公開シンポジウム「内陸アジア史研究の課題と展望」)」(in 『内陸アジア史研究』 26巻).

小松久男編 2000 『新版世界各国史4 中央ユーラシア史』 山川出版社.

志茂碩敏 1997 「モンゴルとペルシア語史書」(in 樺山紘一ほか編『岩波講座 世界歴史11 中央ユーラシアの統合』 岩波書店).

杉山正明 1997 「構造と展開 中央ユーラシアの歴史構図」(in 樺山紘一ほか編『岩波講座 世界歴史11 中央ユーラシアの統合』 岩波書店).
———— 2011 『増補 遊牧民から見た世界史』 日経ビジネス人文庫.
———— 2014 『大モンゴルの世界 — 陸と海の巨大帝国』 角川文庫.

杉山正明 / 北川誠一 2008 『世界の歴史9 大モンゴルの時代』 中公文庫.

妹尾達彦 1999 「構造と展開 中華の分裂と再生」(in 樺山紘一ほか編『岩波講座 世界歴史9 中華の
分裂と再生』 岩波書店).
———— 2018 『グローバル・ヒストリー』 中央大学出版部.

バスティアン・コンラート 2021 『グローバル・ヒストリー』(訳:小田原琳) 岩波書店.

檀上寛 1997 「初期明帝国体制論」(in 樺山紘一ほか編『岩波講座 世界歴史11 中央ユーラシアの統合』 岩波書店).

浜由樹子 2008 「『ユーラシア』概念の再考」(in 『ロシア・東欧研究』 37号).

平井英徳 2006 「ネットワーク論にもとづく高等学校世界史の授業」(in 『社会科教育論叢』 第45集).

古松崇志 2020 『シリーズ中国の歴史③ 草原の制覇 大モンゴルまで』 岩波新書.

本田寛信 1997 「原典と実地」(in『岩波講座 世界歴史 月報2』 1997年11月 岩波書店).

森安孝夫 1980 「イスラム化以前の中央アジア史研究の現況について」(in 『史学雑誌』 89巻).
———— 2011 「内陸アジア史研究の新潮流と世界史教育現場への提言(基調講演1,<特集>内陸アジア
史学会50周年記念公開シンポジウム「内陸アジア史研究の課題と展望」)」(in 『内陸アジア史研究』 26巻).

山本有造編 2003 『帝国の研究 — 原理・類型・関係』 名古屋大学出版会.

山川出版社『新世界史B 改訂版』 2017年検定済み.







*1:また、本稿ではあまり触れていないが、前回・今回報告に共通して登場する用語に「グローバル・ヒストリー」がある。これもまた、かなり胡乱で怪しい言葉ではある。この用語とどう付き合うべきかについてはコンラート『グローバル・ヒストリー』がかなり参考になったので、そのうちまとめてみたい。