『平成たぬき合戦ぽんぽこ』に見る戦後史:あるいはこの社会が通り過ぎた景色について
0. 戦後日本社会が通り過ぎてきた光景について考える
『オトナ帝国』について書いた勢いで、『平成たぬき合戦ぽんぽこ』(以下、『ぽんぽこ』) と戦後日本社会についても書いてみようと思う。この映画から、日本社会の何を考えていくことができるだろうか。
『ぽんぽこ』を題材にしながら本記事が描き出していくのは、消費社会化に伴って様々な「運動」が終焉を迎えていく日本の姿である (『オトナ帝国』記事4節で軽く触れた内容について、異なる視点から見ていく記事だと思ってもらえば良い)。本論へと進む前に、記事の構成を述べておこう。第一節では、藤子・F・不二雄の短編作品を取り上げながら、1960年代~70年代当時の社会状況を確認していく。第二節では、そうした社会において進められたニュータウン開発がどのような性格を有しており、農村社会にどういった変化をもたらしたのかを見る。第三節では、たぬきらの「妖怪大作戦」がなぜ失敗したのかを分析しながら、日本の消費社会化が何をもたらしたのかを考える。そして、第四節では分裂したたぬきたちの行く末を、戦後日本社会における諸事件と結びつけながら記述し、それぞれの敗北を描き出していく。
以上のような内容を通じて私は、戦後日本社会が通り過ぎてきた様々な光景を描き出したいと考えている。その光景を確認し、そこから振り返って、私たちが現在どのような地点に立っているのかに思いを至らせること。それがこの記事の狙いである *1。
なお、先の『オトナ帝国』記事とは違って、本記事の内容を高校「現代社会」などの授業で扱えるかはかなり怪しい。しかし、少なくとも経済史がカバーできない側面 (教科書のなかであまり触れられない日本社会の側面) について考えるためのきっかけくらいにはなるかもしれない。また、先の『オトナ帝国』に比べるとかなり短い記事になっている。安心して (?) 読み進めてもらいたい。
- 0. 戦後日本社会が通り過ぎてきた光景について考える
- 1. 1970年代の不安:藤子・F・不二雄作品における人口増加への怖れ
- 2. 舞台となる「ニュータウン」:農村の消失と郊外の誕生
- 3. 運動の時代から消費の時代へ : 妖怪大作戦は何に負けたのか
- 4. それぞれの敗北 : 運動のゆくすえを見つめて
- 5. むすび:消されてしまった景色について
*
*1: こうした狙いもあり、およそ1960年代~1990年代までの日本社会を通覧する形になるよう記事を構成した。多くの内容に触れているため、やや各節の内容とそのつながりが散漫になっているきらいがある。「『ぽんぽこ』という映画一つから色々なことを考えていくことができる」というエッセイ的な記事なので、あまり気負わずに読んでほしい。
『オトナ帝国』というレトロトピア (おわりに):『オトナ帝国』の今日における価値と限界
おわりに:『オトナ帝国』の今日における価値と限界
さて、本記事では冒頭で『オトナ帝国』の今日における価値と限界を確認していくという目標を提示した。これを意識しながら、本記事を通じて明らかになったことをまとめておこう。
『オトナ帝国』というレトロトピア (第五節):家族というイデオロギー、『オトナ帝国』の限界
5. 家族というイデオロギー、『オトナ帝国』の限界
かなり長い道のりにはなったが、以上で我々は、イエスタディ・ワンスモアがどのような組織なのか (3節)、彼らはどのような価値観の前に敗北するのか (4節) を確認することができた。そしてその果てに、実はこの映画では、「昭和」と「家族」が同じくらい理想化されているのではないかという問いへとたどりついた。最後に本記事が検討していきたいのは、この点において『オトナ帝国』は完全に「昭和ブーム」というものの範疇に属しているのはないかということだ。
それを検討するためにも、ここで再びレトロトピアをめぐる今日の政治シーンへと話を戻すことにする。ただし、今度は日本政治におけるエピソードとして、レトロトピアを捉えなおすのである。
- 5. 家族というイデオロギー、『オトナ帝国』の限界
*
『オトナ帝国』というレトロトピア (第四節):野原一家はなぜ勝利するのか
4. 野原一家はなぜ勝利するのか
以上のように見ていくと、イエスタディ・ワンスモアはとても周到な組織であり、また彼らは近年の政治シーンをある程度まで反映した存在であると見ることができる。もちろん、製作者らが映画製作当時にどこまでこれを意識したかは定かではない。確かなのは、繰り返しになるが、この映画が今日においてより強い現在性を獲得しつつあるということだ。
イエスタディ・ワンスモアをこのように理解したうえで、本節においては「なぜイエスタディ・ワンスモアは野原一家に敗北したのか」を考察していく。周到な組織であり、強い理念を有するイエスタディ・ワンスモアは、どのようにして春日部に住む「普通の一家族」に敗北するのか。その敗北の理由は、一体どこにあるのか。
以下では異なる2つの視点から、その理由を探っていくことにしよう。1つ目は「同棲」と「家族」を対置する視点、2つ目はケンの理想を担う装置としてしんのすけという視点である。
- 4. 野原一家はなぜ勝利するのか
- 4.1 映画における対立軸の移行 ― 「同棲」に勝利する「家族」
- 4.2 ケンの理想を体現する装置としてのしんのすけ — 政治と消費のはざまで
- 4.3 「昭和」と同レベルで「家族」が理想化されているのでは?
*
『オトナ帝国』というレトロトピア (第三節):イエスタディ・ワンスモアの思想
3. イエスタディ・ワンスモアの思想
「夕やけの赤い色は思い出の色
涙でゆれていた思い出の色
ふるさとのあの人の
あの人のうるんでいた瞳にうつる
夕やけの赤い色は想い出の色」
(「白い色は恋人の色」,作詞:北山修)
*
『オトナ帝国』の序盤、ケンとチャコは「夕日町銀座商店街」と呼ばれる場所へと帰っていく。そこはいつも夕焼けで、人を過去へとふりかえらせる。商店街には活気があり、八百屋からは威勢の良い声が響く。魚屋、肉屋、タバコ屋、その他すでに多くがこの日本から姿を消したものたち。映画中盤でケンはいう。「俺たちにとってはここが現実で、外はニセモノの世界だ。(…) ここの住人たちはこの街を愛し、変わることのない過去を生きている。そしていつしかこの街は、リアルな過去の匂いに包まれた」。
では、この街にイエスタディ・ワンスモアは何を託したのか。彼らの思想はどのようなものであり、何を実現したかったのか。これは簡単なようで難しい問題だ。彼らは単に過去へ戻りたかった (過去をそのままの姿で再現したかった) わけではないようなのだから。
『オトナ帝国』というレトロトピア (第一節):「昭和30年代」ブーム
1. 「昭和30年代」ブーム
最初に、この映画が生み出された背景である昭和30年代 (的なものの) ブームに触れておきたい。ゼロ年代を通じて、昭和文化を愛好するブーム、昭和30年代ブームが存在した。このブームは今日やや落ち着いているため『オトナ帝国』公開当時に比べるとイエスタディ・ワンスモアの思想が何を反映させたものだったかがわかりにくくなっている。ごくごく簡単にだが、『オトナ帝国』公開当時の社会状況を確認しておこう (以下、浅羽,2008を参照) *1*2。
*1: 昭和30年代ブームについては、浅羽通明『昭和30年代主義』(幻冬舎,2008) 第一章がかなり詳しい。もはや昭和30年代に関係なさそうなものまでブームの一端として取り上げられているので内容を鵜呑みにはしがたいが、とりあえずどういうブームだったのかを一通り確認するには便利である。本節でも以下主にこの書籍を参考にしていく。
*2: 余談だが、先の注でも触れたとおり、昭和ブームが本格化するのは2000年代の半ばごろからであり、2001年の『オトナ帝国』はブームにやや先立って公開されたことになる。もちろん次に触れるように1990年代から『オトナ帝国』的なもの (レトロテーマパーク) の先例はいくつかあったので、それらの雰囲気を捉えて『オトナ帝国』はつくられたのだろう。だが、そうしてつくられた『オトナ帝国』という映画そのものが、その後のブームにある程度影響を与えた可能性、ブームを加速させてしまった可能性も十分にある。これは一種の皮肉だ。